わたしのひとりごと

お付き合いいただきありがとうございます。

休職も退職もできなかったはなし⑤完

こんにちは、ぺりです。

 

休職も退職もできなかったはなし⑤です。

前回の記事はこちら↓

 

experico.hatenablog.com

 

今だから言えること

心が折れたあの日から、2年とちょっと。

 

すごく時間がかかったけれど、

ようやく自分の声を聞きながらバランスをとって働けるようになりました。

 

今振り返ると、

本当は休職して回復を最優先させた方が、

ここまで時間はかからなかったかもしれないと思います。

 

これまでの記事の中で、あえて当時の心境をそのまま書いた部分がありますが、

今冷静に見つめると突っ込みどころが満載なんですよね。

 

自分が納得のいく選択をしたいという特性が、

ここまで長引かせてしまったなと思う部分もあります。

 

 

会社の構造の問題を一人で抱え込まなくてよかった。

心を削ってまで、”いい人”でいる必要はなかった。

しんどいのに成果を出そうなんて、思わなくてよかった。

市場価値ばかり気にして、キャリアにしがみつかなくてよかった。

「誠実に向き合いたい」という気持ちは認めても、

それでも苦しいなら、いったん気持ちだけ離れてもよかったんだ。

 

 

回復を優先せずに何度も転職活動をしていたのは、

プレッシャーや体調不良だけが理由じゃありませんでした。

 

コロナ禍以降長引く不況で、

「頑張っても報われない」気持ちがどんどん大きくなっていってた。

 

入社以降、早くに昇進して地道に昇給もしてきたけれど、

斜陽業界・業績不振で、勤続年数やポジションから考えると、それでも低年収。

 

この先も増える見込みがないのなら、

・自立して生活すること(当時実家暮らし)

・猫を飼って暮らすこと

・旅行へ出かけること

・好きなバンドのライブや美容を楽しむこと

わたしが望む生活は手に入らないんじゃないかって思っていました。

 

ただ、わたしは転職活動が本当に苦手で、、、。

 

応募する前から、完璧な面接回答を用意しようとしてしまう。

どの企業に対しても、100%本気のプロポーズみたいな志望動機を考えて、

時間が足りなくなって夜も眠れなくなってしまう(笑)

 

初めて何社かの一次面接を通過して、嬉しかったと同時に、

「わたしは本当にここで働きたいの、、、?」

「迷いながら進んだら、エージェントに言いくるめられてしまわない?」

と、今度はスキルよりも自分の気持ちに自信が持てず、

結局選考を辞退しました。

 

 

そんな迷いがあって、改めて「転職したら叶えたいこと」を考えたときに、

それは「年収〇〇〇万円」ではなくて、

「自分が好きなことをちゃんと楽しめる生活」でした。

 

好きなことをするにも、少なからずお金がかかるもの。

低収入を理由にできないと諦めていたけれど、

まずは自由な時間を増やすためにも、

通勤に便利な場所での一人暮らしから始めてみたらいいんじゃないか。

 

それで生活が成り立たなくなった時に、

やっと転職が現実的な選択肢になるんじゃないかと。

 

その考えに至った次の休みには、もう不動産屋へ行き内見の申し込み。

そこからトントン拍子に、1カ月もたたないうちに、

実家から引っ越し新生活を始めたのでした。

 

引っ越してから、そろそろ1年。

案外、あっけなく、自然に気楽に暮らしています。

 

もともと一人の時間は好きでしたし、

家事も実家の頃からしてたので、あまり困ることはありませんでした。

毎月の額は減ったけれど、貯金・投資も続けられてます。

 

不安でたまらなかったけれど、

「わたし、動けばそれなりにやれるんだな」と思えて、

ものすごく久しぶりに、達成感を感じたのでした。

 

この数年ずっと、

心身の不調のこと、そして、お金の不安と転職活動のことばかり考えていました。

 

でも、うまく進められなくて、回復にも時間がかかってしまっていた。

それなら、思いつくまま引っ越しを決めた時みたいに、

この1年は心のままに、今度こそ自分が求めることをしてあげたいな。

 

「あれしなきゃ」「こうするべき」で転職活動や仕事を頑張る代わりに、

「ここに行きたい」「これをしたい」

そんな自分の欲求を片っ端から叶えることにしました。

 

ひとりでも、ふたりでも、ここ行きたい!と思えば旅行した。

ずっと行きたかった登山へも行き始めた。

季節ごとの花を見に、早朝電車に飛び乗った。

数百円で簡単に手に入るお菓子やパンを、

「やりたい」気持ちだけで手作りしてみた。

ライブの休みを死守して、大好きな音楽を浴びに行った。

 

それを守るために、もう自分を犠牲にするのもやめた。

 

 

「将来のため」にも「キャリアのため」にもならない、

なんでもない時間を心から楽しんで、やっといろんなことから解放された気がします。

 

キャリアデザインという呪縛

仕事は仕事、任せられた役割をしっかりこなす。

休みは好きなことをして、しっかり休んで、仕事への活力にする。

店長時代に当たり前にできていた、オンとオフのメリハリ。

 

それがマネージャーになってから、

仕事と休みの境界があいまいになって。

 

転職活動でもいつの間にか、

「仕事に全力でキャリアを積み上げてきた人」を演じるようになっていた。

 

だから、転職活動が苦しかったんだ。

 

本当はネガティブな理由で転職したかっただけなのに、

世の中の転職情報に惑わされて、

「この先どんなキャリアを築きたいですか」

に、一生懸命応えようとしてた。

 

でも、自然な言葉がするっと出てこないのなら、

それは張りぼてに過ぎなかったんですよね。

 

わたしは、与えられた仕事をくそまじめにやってきただけで、

キャリアアップがしたかったわけじゃない。

 

ほどほどに仕事をして、気まぐれに余暇を楽しみたい人間なんだ。

仕事にやりがいを見出そうとしすぎるから、苦しくなってたんだ。

そう気づいたから、キャリアの焦りが消えていきました。

 

 

今はもう、ノーが言える。自分を守れる。

100%出し切る前に、助けを求められる。

10年以上勤めた会社だからこそ、ちょっとくらいわがままも言える(笑)

 

ヘルプまみれの日々から抜け出したものの、

会社の状況は大きく変わってないから、

収入も、やりがいも福利厚生も、十分とは言えない。

 

でも、他と比べだしたらきりがないし、

「条件が全部叶う本当にいい会社」なんて存在しない。

 

頑張り方を間違えてしまったけど、

わたしのライフスタイルにとって、1番譲れない条件が叶えられている。

だから今は、やめない選択をとっている、という感覚でいます。

 

 

SNSを開くと、

休職した人・退職した人、

非正規雇用で転職した人、フリーランスになった人の発信をたくさん見かけます。

 

わたしも当時たくさん検索していたけれど、知りたかったことは、

「非正規の働き方でも暮らしていけるか」じゃなかったんですよね。

 

適応診断(の傾向)と診断されて、

休職せず、退職せず、

それでも何とか元通りに働けるようになった人。

 

そんな人の話がなかなか見つからなかった。

 

もちろん、休んで体と心を整えられるなら、

それに越したことはないと思っています。

わたしもあの時、「休めない」と頑なになるのではなくて、

「休職してもう一度働き方を見直したい」と伝えられたらよかったと、ずっと思っています。

 

それでも、こんな風に回り道しながら、

なんとか自分を取り戻した人もいるよって。

 

当時のわたしみたいに、

「休職も退職もできない、そんな状況じゃない」

「でもこのままも苦しい」

そんな人にとって、

こんな選択肢もなくはないよって、伝えたくて。

だから、なんとなく、この数年のことを書いてみたくなりました。

 

正解なんてわからないし、

わたしも数年後、また違う答えを探しているかもしれません。

 

それでも、自分の守りたいものを守るための、

何かひとつの判断材料になったらうれしいです。

 

お付き合いいただきありがとうございました。

 

休職も退職もできなかったはなし④回復編

こんにちは、ぺりです。

 

休職も退職もできなかったはなし④です。

前回の記事はこちら↓

 

experico.hatenablog.com

 

ほしかったのは共感じゃなくて解決

クリニックを受診した数日後、人事課からもヒアリングが来ました。

直接お世話になったこともある先輩で、

「同じ苦労をしたことがある人に話を聞いてもらうと落ち着くかも」

ということでセッティングされた模様。

 

「上司の方から話を聞いたよ、体調は大丈夫?」

「自分もマネージャーの時にしんどい思いをして、通院もしたから気持ちはわかるよ」

という話をされたかと思います。

 

先の面談で、体調面の不安が大きすぎて

「降格できないのであれば、もうこの会社にいられないかもしれない」

と伝えていたこともあり、

「コノヤローって思いながらスキルや経験を積んで、

 『いつか他へ行ってやる』って気持ちで自分も持ち直して保ってるよ」

とも言われました。

 

でも、全然うれしくなかった。

わたしが欲しいのは、共感ではなく解決だったから。

 

メンタルクリニックの話もしましたが、

「自分でも、自分が休むべき状況なのかわからない」と伝えました。

 

結局この時も、新年度の体制は変わらずの返答。

「体調を優先して、休めるときにはしっかり休んで」と言われ終了。

 

どうしても一度(名ばかりだけど)マネジメントから離れたくて、

また転職エージェントに登録したところ、

「マネジメント経験があるから、欲しがる会社は多い」

と言われていました。

 

でも、そもそもマネジメント経験を積めていないし、

業績不振もスタッフの離職も全部自分の責任と思っていたわたしは、

とにかく自信がなくて、紹介された求人はスルーしてしまいました。

 

その後も不安定な体調でヘルプに入りながら、

隙間時間で自分の仕事も進める日々。

心が凍り付いていた日々。

 

そんな中、他店の先輩が休職になったことに気づきました。

引っ越し先の小学校の学童に、子どもが通うのを渋るようになってしまい、

家に一人にもしておけないので、やむなく一次的に休職と噂を耳にしました。

 

誰もがそれぞれの事情を抱えて働いている。

辛さを比べることなんてできない。そんな権利はわたしにはない。

 

大丈夫、仕方のないことだってわかってる、大丈夫。

って、お風呂でそっと泣いた。

 

自分を守れるのは自分だけ

初回以降、通院・カウンセリングは結局2回しか通いませんでした。

 

転職を考えていることを伝えて

「メンタルが不安定な時に、そういう大きな決断はしないほうがいい」

「7月に退職って・・・もう3月ですよ」

と、少し呆られてしまったり、

 

変わらない体調と、休めない現状を改めてヒアリングされて、

こんなに不安も不満も抱えているのに、休まない自分が悪いのかと余計に落ち込んだり。

 

なかなか良くなっていかない状況に、もどかしさを感じ始めていました。

 

 

「カウンセリングに通っても、やさしい言葉はかけてもらえるけれど、

すぐに解決するわけじゃないから、長く続くほど金銭的な負担が出てくる」

 

「今は、わたしが休んだらスタッフの公休がまわらない、休めない」

 

「転職活動も、今の状態ではただ流されて進んでしまいそうな気がする」

 

それなら、わたしは今何をしたら辛い状況から抜け出せるんだろう。

 

会社に頼っても、プロに頼っても、

期待する分だけ傷ついて、何も解決しなかった。

 

だったらもう、自分なりに自分の現状を分析して、

立て直していくしかないじゃないか。

「わたしはこれまでだってそうだった。自分の力で復活してやる!」

 

そうして、わたしの変なスイッチが入ったのでした。

 

回復への長い長い道のり

ここからわたしは、認知行動療法や心理学の本を読みながら、

自分の考え方の癖を理解するため、毎日のジャーナリングを始めました。

 

その日起きたことや、自分の感情を整理しながら、毎月振り返り、客観的に見つめなおす。

 

そんなこと、と思うかもしれないけれど、

そんなことが、最初は途方もなく難しかったです。

 

この数年、会社の役割に自分をあてはめすぎていて、

自分の感情を押し殺して過ごしてしまったんだなと、改めて感じました。

 

わたしが感じていた楽しさって、なんだっけ?

って、毎晩絞り出すのがつらくて、泣きながら書いた日もあります。

 

しんどさを感じた出来事をケースワークとして、

・実際に起きていたこと

・それに対して自分がしたこと、

・その時の気持ち

・本当はしたかったこと

を整理すると、自分の思考の偏りに気づくことができました。

 

自律神経を整える

体の不調についても、薬以外のアプローチも調べてみました。

 

通院を辞めてしまったので、

処方された漢方と同じものを薬局で見つけ服用を続け、

めまいの原因になりやすい自律神経の乱れを整える生活習慣を取り入れました。

 

・市販の漢方の服用を継続

・夜の耳鳴りに自然環境音

・朝、日光浴しながらストレッチ

・夜は湯船に浸かる

・気が付いた時に深呼吸

・できる限り7~8時間眠る

・自律神経の集まる首肩をしっかりほぐす。

 

意識しだしたのが、2024年の4月くらいからのこと。

毎日はできませんでしたが、意識して生活することで、

「自分を大切に扱ってる」感覚を取り戻せてきました。

 

ふわふわめまいは漢方が効いたのか、数カ月で気にならない日の方が多くなりました。

一方で耳鳴りは、かなり長期間続き、気にならないようにするのがしんどいことも、、、。

 

実は、耳鳴りは今でも、疲れがたまると強く出ることがあります。

でも、1年~1年半くらい経ち、それが日々のすべてになってしまうような切迫感からは解放されました。

 

キャリアもあきらめたくない

体調面を整えると同時に、改めて

「自分がより良く働いていくために、キャリア観も整理したい」

と考えるようになり、キャリアコーチングの受講も開始。

 

今振り返ってみて言えることですが、

この頃のわたしにはすごく負荷のあることだったなと、、、反省しています(笑)

 

それでも、コーチとのセッションの中で、

「今、この能力が生かせていないから苦しい」

「自分の価値観と会社の社風のズレが出始めている」

というようなことに気づくこともでき、やってよかったなと思います。

 

そう、結局ちゃんとプロにも頼っているのですが(笑)

 

凝り固まってしまったと思っていた自分の感情も、

「それはぺりさんの特性ですよ」と、

認めてもらえたことで少しずつクリアになっていきました。

 

この半年、体調不良での省エネモードや、現職への不信感や不満を抱きつつも、

ひとつひとつの仕事に真摯に向き合った結果、

いつの間にか実績を残していたことにも気づいて、

自信を取り戻すきっかけになりました。

 

その自信を取り戻す過程で、

実は二度転職活動をして、面接にも進んでいたんです。

 

自分の強みと応募企業の求めるスキルがミスマッチだった1回目に比べ、

2回目の応募の時には活かせる経験が伝わった手ごたえがあり、

初めて一次面接を通過して、「現職以外にも役立てる場所はある」と希望を持ち直すことができました。

 

振り返るとこの1年は、

これまで関わったことのない人たちと一対一で対話しながら、

ゆっくり自分を理解していった時間だったと思います。

 

「自分はこうだ」と理解していたつもりでも、

実は「こう見せたい」という気持ちが強く、

「こうありたい」自分の本音が、まだ深く奥の方に隠れていたことに気づきました。

 

自分の中で当り前になっている判断基準だったり、

行動のひとつひとつが、他者には当り前じゃないこと。

 

そしてそれが、わたしの場合、時にひどく自己犠牲的に偏ること。

 

もちろん、すぐに理解しきれたわけじゃなかったし、

理解できたところで、思考や行動を見直していくことって、すごく難しかった、、、

 

自分を知ることで、どんな自分を守ったらいいのかようやく見えてきた感じです。

 

今日はここまで。

次で終われるように、まとめを頑張ります。

 

お付き合いいただきありがとうございました。

休職も退職もできなかったはなし③限界編

こんにちは、ぺりです。

 

前回の記事はこちら↓

 

experico.hatenablog.com

 

焦る気持ち

2024年に入ってからも、ふわふわとしためまいは続いていました。

退職が決まったスタッフたちが抜けていき、人手不足でヘルプに入る日々。

 

仕事中も、通勤中も、休みの日も、頭の中はずっと体調のことでいっぱいで、

「いつになったら今まで通りになるんだろう」

「”体調がいい”って、どういう状態だったっけ」

と思うように。

 

実は年末くらいに、「もう転職してやる!」と思って、

転職エージェントと面談してみたり、キャリアコーチングに申し込んでみたりしてました。

 

でも、どれもしっくりこなかった。

 

「逃げるような転職はダメだ」

「ちゃんとしていなきゃ」

そんな考えが、ずっと頭のどこかにあった。

 

キャリアコーチングも、

「これを受けないと自分は変われない」と思い込んでいたことに気づいて、キャンセルしました。

 

何やってるんだろう、わたし。

そうやって一瞬冷静になれるのに、でも、どう考えても体調はおかしい。

気持ちばかり焦っていろいろ手を出していたけれど、いったん、ペースを落としたかった。

 

降格したかった

ちょうど2月中旬頃。

新年度の管理職の内示が出るころでした。

 

転職するにしても、体調を整えるにしても、

途中でぱったりいなくなって、迷惑をかけるくらいなら、

エリアマネージャーから降格させてもらえないだろうか。

 

店長でも、スタッフでもいいから、一旦一つのお店の中で回復していきたい。

 

上司とは普段ほとんど話す機会がなく、面談も、自分からアポを取らないとできない関係でした。

 

電話をして、ヘルプ先の近くの喫茶店で話すことに。

どう伝えよう、できる限り迷惑にならないようにしたい、、、

そう思うと緊張して、さらにふわふわした感覚に。

 

今の体調のこと。

仕事のプレッシャーのこと。

責任を感じてつぶれてしまいそうなこと。

 

普段誰にも弱音を吐かない自分が、涙でぐちゃぐちゃになりながら話したのを覚えています。

 

上司は目を見てきちんと話を聞いてくれました。

でも、返ってきたのは、

「いつも元気そうにしているから、気が付かなかった」

「体調は本当に気を付けて」

「人事はもう1年任期で決まっているから、、、

 次回調整をするから、今回はマネージャーで頑張ってほしい」

そんな言葉だけでした。

 

当時のメモに残されていた言葉。

店長になるとき、徐々に予算の高い店に異動になるとき、

新しい環境にワクワクした。

先輩の働き方を見て、なりたくないと思っていたマネージャーを引き受けたときは、

それとは少し違う緊張感があったけど、ワクワクだと思い込もうとしてた。

自分の気持ちにふたをし続けていたら、

年季のはいったぬかどこになっちまった。

人に頼るのが苦手なわたしがやっと絞り出したヘルプを、

「ぺりが言うなら相当なんだな」って思ってもらえないのが悲しかった。

 

初めてのメンタルクリニック

面談から3日後に、メンタルクリニックの予約を入れました。

何か病気だと診断されれば、ポジションを変えてもらえるんじゃないかと思ったから。

実はこの半年間、何度も調べていたクリニック。

上司との面談で気持ちがぐしゃぐしゃになり、すがる思いで予約を取ったのでした。

 

初めてのメンタルクリニック。

もしかして、とは思いながら、「自分なんかはまだ全然大丈夫」と思っていました。

 

はじめにテストや採血をして、問診。

 

今の体の状態。

仕事で感じている不安。

ずっと続いている耳鳴りやめまいのこと。

 

一通り話した後、医師から言われたのは、

「適応障害の傾向があります。」という言葉でした。

 

そして、

「診断書を書いて、休職の手続きもできますが、どうされますか?」

と聞かれました。

 

 

「っ・・・・・・・」

何も言えない、沈黙の時間。

 

 

やっと絞り出した言葉は、

 

「今、人がいなくて」

「本当に、わたしがいないと、他の人が休めなくて」

「だから、休めません」

そう言った気がする。

 

あの数十秒の間の自分の頭の中を、うまく説明できません。

その後の医師とのやり取りも、今はもう覚えていなくて。

抗不安薬と、めまいに効く漢方を処方してもらい、しばらく通院してみることになりました。

 

その後、心理カウンセラーとの面談もありました。

緊張もしていたし、「自分がここ来てしまった」というショックもまだあって、うまく話せなかった。


でも、

「少しお休みすることもできるんですよ」と言われても、

さっきと同じことを繰り返すことしかできなかった。

 

「わたしが休んだら、他のスタッフたちはどうするんですか」

「休めません」

 

ただただ泣きじゃくっていて、気づけば時間は終わっていました。

帰り際、カウンセラーの方に、

「自分を大事にしましょう。

あなたの体を守れるのは、あなただけですよ」

と、静かな声で言われました。

 

助けを求めてここに来たはずなのに、

それでもわたしは、まだ自分よりも「誰か」のことを考えていた。

 

 診断されたら楽になると思っていたのに、

適応障害の「傾向がある」だけでは、休んではいけない気がしてしまった。

 

 この初診の日の夜は、友人たちと久しぶりに集まる予定がありました。

 予定通り合流して、みんなそれぞれの近況を報告をしあって、

懐かしい話に笑ったりもした。

 

「マネージャーの仕事、大変そうだよね」と言われて、

「そうなのよ~」と乗ることはできても、体調のことは言えませんでした。

 

当時は実家に両親と同居していて、仲もよかったのですが、

そんな家族にも、このことを打ち明けられたのは、ずっと後になってからのことでした。

 

助けを求めたはずなのに、

助けてくれる人たちの前では平気なふりをして。

 

最後まで、「休みたい」自分の気持ちじゃなく、

「休めません」の責任感が先に出てくる。

 

当時のわたしは、

まだ、それがおかしいことだと思えていませんでした。

 

 

今日はここまで。

お付き合いいただきありがとうございました。